『醸し人九平次』兵庫県黒田庄
●九平次 概要
日本酒ブランド”醸し人九平次”や、フランス・ブルゴーニュでワインブランド”DOMAINE KUHEIJI”を手がけ、名古屋に本拠地を持つ萬乗醸造。
歴史は1647年から古い歴史を持ち、現当主で15代目となる。
「酒造りは田園からはじまる」の信念の基、日本酒造りにおいて”米”の栽培に重きを置き、自ら畑を持ち、自らの手で米の栽培も行う。
酒米に光を当て、2002年以降は純米大吟醸のみを造る蔵として、現在は国境、文化、ジャンルを問わず、様々な国やレストランで提供をされている。
今回はご招待をいただき、2015年から酒米作りを手がけている兵庫県の黒田庄に伺わせて頂いた。
米処としては新潟県が強い印象があるが、兵庫県は”酒造好適米”と呼ばれる日本酒造りに適した酒米の栽培としては日本一を誇る土地。
中でも黒田庄は兵庫県の中央あたりに位置しており、この地域では国内の酒米で最もメジャーな品種”山田錦”の発祥の土地でもある。
”KUHEIJI”では、この黒田庄の3つの区画に田園を持ち、それぞれの土地のテロワールを表現した日本酒を手がける。
今回、この田園を巡りながら、現当主である久野九平治氏による解説を受けさせていただいたので記録に残したい。
●日本酒における”米”の存在
新幹線で新神戸駅に到着し、そこから営業担当の白井さんのご案内のもと、1時間ほどかけて黒田庄エリアに向かった。
3つの区画のうちの一つ、田高地区へ到着するとそこには九平次さんが。
資料と共に、まずは米に対する話をたっぷりと聞かせていただいた。
”九平次”では2010年から畑を持ち始めたがその背景として、九平次さんによるある想いがあった。
代々日本酒造りをしていながらも、フランスへ向かいワインに対しても見識を深める中で、ワインはブドウを原料にしていてその原料に対して重きを置いているが、対しての日本酒ではテクニカルにばかり視点が向かっているように感じ、「原料に勝る技術なし」という言葉。
まず、解説いただいたのは「田園1枚でどれくらいの日本酒が作れるのか」ということ。
米の作料を調べてみると、食用の米は一反につき約9俵(540kg)ほど。対して、九平次で行っている畑ではおおよそ、酒米は6俵ほどの収穫量になるほどに収量を制限されているとのこと。この6俵でできる日本酒の総量はおよそ300本ほど。
また、雨が多い悪天候の年では4俵ほどになるそう。
この収量の制限方法というのも農家としてのテクニックがあり、大体の稲穂はひとつの苗から30本ほどの稲穂になるそうだが、九平次の酒米を作るには17,8本ほどの稲穂になるように調整されている。
この稲穂の本数を調整することによって米の一粒は重くなり、純米大吟醸に使われる米の中心・心白の比率も大きくなる。
田園の水分が多いと、穂はなり過ぎてしまうので田園の水量を調整することで稲穂の数は調整可能だという。
この稲穂が少なることによるメリットとして、風通しが良くなり、日当たりもよく、根が長く伸びて土地の栄養を吸収できるといった効果がある。
その結果が一粒あたり大きく、栄養素を持ったものが育つのだそう。
日本という国は他国と比較すると比較的雨が多く、土の栄養素も多い。
その為稲の栽培にも適しており、収穫量も多くなる。しかし、この気候というのは湿度が高く、病気や害虫のリスクも増える。
このリスクを防ぐために農薬を撒くことは一般的だが、この「農薬を撒く」ことにより土の元気はなくなる。土に元気がないために「肥料を与える」ことにつながる。
稲穂の本数を少なくすると、通気性や日射効率、土からの栄養吸収が良くなり、農薬も肥料も散布量を少なく済ませることが可能になる。
それでも栄養過多で多く稲穂が成ることもあり、他の畑も含めそう言った畑も多く見受けられた。
こういった畑は傾斜の窪地であったり、水路の近くであったり、水が溜まりやすい場所。あるいは肥料の量が多い場所になる。
伺った収穫期には稲穂が黄金色まで成熟せずに緑色のままで、稲穂も高く多く実るために稲穂は垂れ下がってしまう。
このことで日が当たらずに、風の通り道が少なくなるという、それを防ぐために九平次のスタッフの皆さんで畑の管理は怠らない。
◆3つの畑の個性
九平次では愛知に拠点を置きながらも、兵庫県の黒田庄エリアに自社の畑を持つ。このエリアで委託している畑も含めると30haほどの土地の米を扱っており、その中でも4haは完全に自社管理の畑だ。
その畑の区画は現在3つのエリアに分かれており、その畑によって個性は当然異なり、区画毎のキュベを商品として展開されている。酒としてのキャラクターはどれも異なり、その違いはかなり面白い。
●田高(たこう)地区
3箇所の畑のうちのひとつで初めに伺ったのはこの田高地区。
田高は南東方面に山が無いために日射を遮るものがなく、北西側に山があるので、西日が差さない。
火が落ちるのが早いことで夜温は下がりやすく、昼夜の寒暖差が生まれるのでこの夜の時間に稲穂は栄養を蓄える。
標高も門柳地区に比べると低く、加古川の流域から水を引いているため、水温も気温によって左右されるとのこと。
肥沃で、日照の力も十分に与えられる畑だそうで、頂いた資料によると『田の価値が高かった』ことからこの名前がついたと言われている。
●福地(ふくじ)地区
福地地区は流域の南側にあり、加古川の左岸に位置する。
ワインの世界で言うと、ボルドーのドルドーニュ川流域のように粘土質な土壌となっており、肥沃で保水性も高いことが挙げられ、この土壌は東にある山地が崩壊し堆積・形成された土地。
東側に山があり、西は開けているため夜も温かい気候となる。
栄養を蓄えやすい天候でありながら、田高に比べ日照量が少なく、高温と水の影響を大きく受けるため、ヴィンテージごとの表情に違いが出やすい土地になっているそう。
●門柳(もんりゅう)地区
門柳地区は、他の畑に比べ標高が200~300mほど高い所に位置している。
標高が100m違えば平均気温は1℃違うと言われており、他の地域と比較するとこの門柳地区は冷涼だ。
傾斜地であるこのエリアの畑は段々畑になっていて、水捌けもいいことがこの畑の特徴の一つではないだろうか。
山地に畑は位置しながらも東西に山は開けており、日照時間は長い。
この標高と日照によって、畑には理想的な昼夜の寒暖差が与えられる。
また、山地であるため水源は川からの水ではなく、山から流れてくる水を引いており、この水は気温の影響を受けにくく通年冷たい水が流れてくる。
日本酒界の異端児”醸し人九平次”
お話を聞いていく中で、何より印象的だったのは「この黒田庄をブルゴーニュのようにしたい」と言った想いが伝わってきたことだ。
”醸造”に目が行きがちである酒造りにおいて、原料である米に重きを置き、新蔵では酒造りを多くの範囲に広めながらも、クオリティの高い酒を造ると言う意思がはっきりとしている。
建設中ということもあり、まだ全貌を見せることは叶わないがこの新しい蔵が一般受け入れを始めた時には日本酒との距離感がグッと縮まっていくところを想起させられた。
今回ペアリングした神戸牛とのマリアージュであったり、食事との親和性も非常に高い。
日本のSAKEを世界に広める第一線として、九平次はこれからも突き進んでいくのが大変楽しみになる1日だった。