レストランの価値を生み出す”塩”の味 〜志野製塩所〜
越前海岸 志野製塩所 「百笑の塩」
レストラン”LULL”では越前海岸沿いにある「志野製塩所」さんの塩を使っている。
レストラン”LULL”
https://mrivers.jp/lull/
レストラン勤めの方ならわかると思うけど、料理に使う塩はとても大事。
味わいの深みを担う役割になり、食感のアクセントとしても活躍する。
福井で働き始める前、LULLの料理長・高橋シェフからは「うちで使ってる塩がとにかく美味しいんですよ」と話をよく聞いていた。
実際フルコースで食事をさせてもらった時に、各所で”塩”の美味しさには圧倒させられた。
今回はその志野製塩所さんに伺い直接お話を伺った。
志野製塩所はLULLから車で30分ほど南に向かった、福井市鮎川町の越前海岸沿いに位置する。
そこでは廃工場を自ら改修した小屋で、釜戸も一から手作り、海水を組み上げて濾過し、丁寧に薪火で焚き上げている。
では、そもそもなんで美味しい塩を作ることができるのか??
志野さんの作る”塩”と、その”人柄”に魅了されたので、ぜひ知っていただきたい。
原料は「海と山」だけ
製塩所は、海岸沿いの崖からたった数10mの所にある。
そこで組み上げられる”海水”は多数の条件から塩作りに向いているという。
1.岬に守られた海岸
製塩所が面している「大崎海岸」は、すぐ南側にあるとても大きな岬で守られた、入り江になっている。
製塩所で挟んだ岬の向かい側には”三本木川”の河口があるので、通常は沖からの流れで真水は沿岸に引き戻されるが、
岬に阻まれているために真水は沖に流れ、海水のみが純粋に流れてくる。
2.山から流れる養分
越前海岸の沿岸部から山までの距離が近く、急傾斜になっている。
山岳部は標高700mほどの高さがあり、この山に降る雨は長い年月をかけて地表を通じて海底から滲み出てくる。
こうして、地表からの水というのが、栄養素を多く含んでいる為に製塩した時にさまざまな味わいが感じられるそう。
ミネラル分を多く含む水は重さがあるので、製塩所前の入り江は2層に分かれているらしい。
潜ってみると、海の生物たちもこの層によって生態系が変わるそうなので是非今度伺う際には見てみたい。
3.丁寧に焚き上げられた塩
製塩所で使う海水は、入り江からポンプでくみあげ、濾過した後に3日間ほどかけて炊いていきます。
かまどの火をおこす燃料には、廃材や山の間伐材を活用しており、手間暇をかけた昔ながらの手法で作られている。
塩作りには一回の作業で7日ほどかかっているらしい。
タンクの数にも限りがあるので、1回の作業で組み上げられる水は2400L程度で、海水の塩分濃度が大体3~4%程度。
それだけの手間をかけても一回でできる塩の量は100gもできない。
元々の製造量が少ない中、話題にもなっている志野製塩所の塩は、中々製造も追いついていないそうだ。
「たくさん作って在庫しておきたいけど、塩は賞味期限がないことがメリットなのに、そのメリットが活かしきれてないよ(笑)」
「四季」で変わる塩の味わい
海塩が季節によって味が変わるというお話も非常に面白かった。
一般的な海水の塩分濃度は水分に対して3.4%程度の塩分が含まれているが、
越前海岸の沖の方の海水は4%程度、対して越前沿岸部の海水は3.2%程度。
潮の流れや天気によるが、冬場は波が大きくなると沖の海水が流れてくるなど、毎日沿岸部の海水の状態は変わる。
春の塩:雪解け水や、海藻も多い季節。柔らかい印象の塩に
夏の塩:塩味以外の旨味や苦味など、深みのある塩に
秋の塩:夏と冬の中間くらいのバランスの取れた味わい
冬の塩:沖からの海水が流れてきて、塩みが強くなる
料理と同じように、毎回塩造りをしていても全く同じ状態の塩になることはなく、違った味わいの塩が楽しめる。
基本的に、気温が下がれば、通常800℃の温度で海水を焚いているが、その温度も下がる。
湿度が上がれば、空気は重たくなるので水分が蒸発しにくくなるので、焚くのにより時間がかかる。
こういった”季節による海の状態”と、”かまどの温度帯”の違い、それぞれの要素によって結晶塩の味も変わるのだそうだ。
「百姓」と「百笑」
この日、志野さんとお話をした印象はずっと「かっこいい人」だった。
志野さんは自分のことを”百姓”を目指す、”百笑(ひゃくしょう)”だと仰っていた。
百姓というと、農民とか庶民みたいなイメージが強いと思うのだけど、
志野さんは「百姓は100のことができる、すごくかっこいい人」で、百姓を憧れだと言う。
志野さんはアフリカで過ごした経験があり、その時に「生きる力」について考えたそう。
元々は東京農業大学の出身で千葉で10年以上農業をされていた志野さん。
縁あった福井の方の農場でお手伝いをしていた事を機に、山や畑、古民家を購入して移住をされた。
そんな志野さんは”塩職人”ではなく、あくまでも生業として塩をつくり、百姓として生きていきたいのだと語ってくれた。
実際に志野さんはこの塩作りだけではなく農業を初め、海人(あま)やコーヒーの焙煎、養鶏など色々なコトを行っている。
「僕はまだまだ100個もできる仕事はないけど、いつでも笑っていることはできる」
そう言う志野さんは本当に生命力に溢れていて、ずっとニコニコとされていた。
そんな志野さんが作る塩が、「百笑の塩」
製塩所の中には仲のいいデザイナーさんが壁一面に書いてくれたと言う、「百笑」の絵が。
「山羊と一緒に生活をするのが夢」だと言う、立ち上げから一緒に働いている鈴木さんの”スズキヤギ園”に、
鶏と遊ぶ飼い犬のゴロ、
くつろぐ農園の野菜たち、踊る子豚、海に潜る海女、秋に実る柿、
雄島、亀島、鉾島の3つの島が見渡せる海岸沿いの景色、
中心には志野さん一家を囲う彼らが作る農作物と、
そんな日常が”塩”の結晶で輝いている。
そんな素晴らしい話を語る志野さんはとても眩しかった。
ヒトモノコトを伝え繋がる商店 「しの屋」
志野さんを見ていると、本当に「百笑」を仕事にしているのだと思う。
今回はたまたま”塩”に注目をしたが、土日祝日には「しの屋」と言う商店を志野製塩所横で開店をしている。
お会いすることはできなかったが、奥さんのえりさんも元スタイリストでありながら、現在は畑をデザインするように栽培をする「エリ畑(バタ)」や、布雑貨ブランド「マーケット・エリー」と、夫婦で展開している。
「エリ畑」では100種類ほどの野菜たちを育てていて、奥さんのエリさんは元スタイリストだった経歴もあるので、歩いてて楽しいような畑をスタイリングされているそうだ。
「福井の野菜は美味しい」と言うイメージはあったのだが、志野さんのお話でそこに理由付けがされた。
元々は越前の山たちは火山だった。そのため、この土地の土壌というのは火山性の土壌であり、この土壌にはミネラル分が多く含まれているのだと言う。
この土壌では、作物の量はそこまで多くはできないけど、とても味の濃い野菜たちができ、根菜たちは特に美味しいものが作れる。
そんな自分達で育て、採って、作ったものを中心に、
「モノ」を通して越前海岸の「コト」や私たちの「ヒト」を知ってもらう
事をとても大切にされているそうだ。
志野さんが作る塩は、製塩所を立ち上げてから3年にも関わらずあちこちから評価を浴び、滋賀県のレストラン「SOWER」のシェフや、大阪の「ミチノ・ル・トゥール・ビヨン」の道野シェフ、海洋学や地質学の先生などからも注目を集めている。
志野さんは「特別なことは何もやっていない。ただ、この海岸で取れる塩水が美味しい塩になってくれるだけ」と、語っている。
実際、設備的には手作りの釜一つ。しかし、志野さんがその塩を丁寧に手間隙をかけて作っているからこそ、これだけの美味しい塩になるのだと思う。
こんな、食材の価値を届けてくださる方がいることに、心からの感謝をしたい。
志野製塩所
〒910-3402
福井県鮎川町133−1−1
https://goo.gl/maps/VN64vqKvT43hWDrN9
志野さんのオンラインショップ
「しの屋」
https://shinoya004.stores.jp/